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旭川地方裁判所稚内支部 昭和48年(ワ)3号 判決 1973年11月15日

原告 小島忠司

原告 小島竹子

右両名訴訟代理人弁護士 川村武雄

被告 稚内小売酒販組合

右代表者代表理事 中川三津男

右訴訟代理人弁護士 竹原五郎三

主文

一  被告は、原告両名に対し、それぞれ金四、三一五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四八年四月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告両名のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告両名の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告両名に対し、それぞれ金五、八三〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四八年四月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和四七年三月一四日午後一時四五分ころ

(二) 場所 稚内市宝来二丁目一番一八号先道路上

(三) 事故の態様 訴外小島忠幸(以下「忠幸」という。)が右道路を歩行中、稚内市宝来二丁目二三七番地一五家屋番号二三七番一五の木造亜鉛メッキ鋼板ぶき二階建事務所(以下「本件建物」という。)屋根上から長さ約九メートル、幅約六〇センチメートル、厚さ約二五センチメートルの氷盤が同人の頭上に落下した。

(四) 結果 忠幸は頭蓋骨々折の傷害を受けて即死した。

2  被告の責任原因

(一) 被告は本件建物の所有者であるが、事故当時本件建物の東側の公道に面した屋根の上には全面にわたって長さ約九メートル、幅約六〇センチメートル、厚さ約二五センチメートルの氷盤が付着していたのであるから、かかる建物の保存については、暖気等による氷盤の落下によって道路上の通行人に危害が及ぶのを防止するための設備を構ずる必要があるものと言うべきである。然るに本件建物にはそのような危害を防止するための適切な設備が構ぜられていなかったため、本件事故が発生したものであり、本件事故は建物の保存について右のような瑕疵があったことに基くものであるから、その所有者である被告には本件事故による損害を賠償すべき義務がある。

(二) 仮りに本件事故の原因が本件建物の保存に関する瑕疵に基くものでないとしても、右のような状態にある本件建物を所有し自らの事務所として使用占有している被告としては、屋根上から氷盤が落下して通行人に危害を及ぼすのを予防するため、早期に右氷盤を除去する等必要な措置をとるべき注意義務があるのに、これを怠った過失により本件事故が発生したものであるから、被告は本件事故による損害を賠償すべき義務があると言うべきである。

3  損害

(一) 忠幸の逸失利益 金六、六六〇、〇〇〇円

忠幸は、昭和四〇年九月二五日生まれで、本件事故当時満六才の心身とも健康な男子であり、本件事故により死亡しなければ一二年後の満一八才から五七年後の満六三才までの四五年間就労し、その間、年間少なくとも昭和四七年度賃金構造基本統計調査による男子労働者の一年間の平均給与額である一、三四六、六〇〇円から必要生活費としてその五割を控除した金六七三、三〇〇円の純収益があることは明白であって、同人は本件事故のためこの収益を失い同額の損害を受けた。従って、ライプニッツ方式により中間利息を控除してその合計額を計算すれば、次のごとく金六、六六〇、〇〇〇円となる(一〇、〇〇〇円未満切り捨て)。

(算式673,300×(18.7605-8.8632))

(二) 相続

原告忠司および同竹子は忠幸の父母であり、忠幸の被告に対する前記合計金六、六六〇、〇〇〇円の損害賠償請求権を、その相続分に応じて二分の一ずつ相続した。

(三) 慰藉料

原告忠司 金二、〇〇〇、〇〇〇円

原告竹子 金二、〇〇〇、〇〇〇円

原告忠司および同竹子は、忠幸の両親として同人の死亡により甚大な精神的損害を蒙った。よってその各慰藉料は前記の額が相当である。

(四) 弁護士費用

原告忠司 金五〇〇、〇〇〇円

原告竹子 金五〇〇、〇〇〇円

原告らは、弁護士川村武雄に本訴の提起と追行を委任し、手数料および報酬として各自が金五〇〇、〇〇〇円を支払うことを約した。

4  結論

従って、原告らは、それぞれ被告に対し右損害金の合計金五、八三〇、〇〇〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  事故の発生について

(一)を認める。(二)の事実中、道路上の事実は否認し、その余を認める。(三)の事実中忠幸が道路を歩行中の事実を否認し、その余の事実は知らない。(四)の事実は認める。

2  責任原因について

本件建物が被告の所有である事実を認め、その余を否認する。

3  損害について

(一)の事実中忠幸が本件事故当時満六才であった事実を認め、その余の事実は不知ないし争う。(二)の相続の事実は認める。(三)の事実は争う。(四)の事実は知らない。

三  抗弁

本件事故は、忠幸が近くの幼稚園の卒園式に参加した際たまたま外出し、不用意に何人の通行の用にも供されていない道路脇の積雪の上に登って遊んでいるときに発生したものであって、同人の一方的な過失により生じたものである。

また、原告竹子は、右幼稚園の卒園式に出席する忠幸に附添人として同行しておれば、忠幸が本件事故に遭遇するのを防止し得たのに、忠幸を一人で外出させたため本件のような結果を招来したものであって、この点において原告らの側に過失があるものと言うべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。忠幸が負傷したのは一般の通行に供されている道路上であること明らかであり、また、本件道路は車両の通行が多いうえ融雪時でもあったため道路の中央部分は水溜りや轍のため歩行が著しく困難な状態になっており、そのため歩行者の多くはこれを避けて道路の端の部分を歩行しているという状況にあったものである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  忠幸が昭和四七年三月一四日午後一時四五分ころ稚内市宝来二丁目一番一八号先で頭蓋骨々折のため即死した事実については当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫を総合すると、本件事故は、忠幸が右番地先道路上を歩行中、折から通りかかった自動車をさけるため道路脇の積雪の上に登った際、本件建物屋根上から長さ約九メートル、幅約七〇センチメートル、厚さ約一五センチメートルの氷盤が同人の頭上に落下したことによってひき起されたものであることが認められる。

三  ところで、本件建物が被告の所有に属していたことについては当事者間に争いがないので、すすんで本件建物の保存についての瑕疵の有無について判断するに、≪証拠省略≫を総合すると、事故当時本件建物東側道路脇には本件建物に接着して約二・二メートルの幅で除雪された雪が高さ約〇・六メートルに積み上げられており、本件建物の右道路側の屋根の廂の上には全面にわたって長さ約九メートル、幅約七〇センチメートル、厚さ約一五センチメートルの氷盤が付着しており、暖気等の影響で右氷盤が屋根から落下した場合にはそれが右道路脇の積雪上に落下していくような位置関係にあったこと、右道路の有効幅員は本来は約六・七メートルであるが、道路両脇に除雪された雪が積み上げられているため当時の有効幅員はこれよりさらに狭く約四・七メートルほどしかないのに、車の通行が多く、道路の西側(本件建物側)を自動車が通過する場合にはそちら側の歩行者は車を避けて道路脇の本件建物側の積雪上に登ってくることも予想され、とくに事故当日は暖気のため路面の雪が融けて水たまりになっていたので、通過する自動車の跳ねあげる泥を避けるために右積雪の上を通行しようとする者のあることが一層強い蓋然性をもって予想されるような状況にあったこと、他方本件建物の道路側の屋根には廂から約五〇センチメートルのところに丸太を用いた雪止め装置が施されていたものの、その雪止めよりさらに廂よりに付着している氷盤の落下を防止するための設備等はなく、また落下した氷盤から通行人を保護するため例えば氷盤の落下する付近一帯に通行人が立入ることのないよう何らかの方策を構ずるといった配慮はなされていなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。以上の事実からすると、本件建物の保存についてはその屋根に付着した氷盤の落下による危害から通行人を保護するに足りる適切な設備が構ぜられていないという瑕疵があり、本件事故は右のような瑕疵によって発生したものと認められるから、民法第七一七条一項により、被告には、忠幸および原告らが本件事故によってこうむった損害を賠償すべき義務があるものと言うべきである。

四  次に、被告主張の忠幸および原告竹子の過失の有無について考えるに、前記認定のとおり事故当時の本件道路の状態等からみて自動車等を避けるために通行人が道路脇の積雪の上に登ったとしてもそれを非難することはできないような状況にあったものと認められ、また≪証拠省略≫によれば当時道路の忠幸の通行している側を通過しようとする車両があったので忠幸はそれを避けるため積雪の上を歩いていたものであることがうかがえるのであるから、このことをもって忠幸に過失があったとすることはできず、さらに、仮に原告竹子が忠幸に同行していたとしても、右のような状況のもとでは、同人に忠幸が道路脇の積雪の上へ立入らないよう監視することを要求することはできないものというべきであるから、原告竹子に落度があったとすることも出来ず、他に忠幸および原告竹子に過失があった事実を認めるに足りる証拠もない。

五  そこで、原告らの損害額について判断する。

1  忠幸の逸失利益

≪証拠省略≫によると、忠幸は昭和四〇年九月二五日生れ(事故当時満六才)の心身に異常のない健康な男子であったことが認められるから、≪証拠省略≫によれば、本件事故によって死亡しなければ、満二〇才に達したころ(一四年後)から満六〇才に達するころ(五四年後)までの四〇年間就労することができ、その間年間昭和四七年度賃金構造基本統計調査による男子労働者の一年間の平均給与額である一、三四六、六〇〇円から必要生活費としてその五割を控除した六七三、三〇〇円程度の純収益を得たであろうことが推認できる。そこで右金額を基礎にしてライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の死亡時における現価を求めると、五、八三〇、〇〇〇円(一〇、〇〇〇円未満切り捨て)となる。

(算式673,300×(18.5631-9.8986))

2  相続

原告両名が、忠幸の父母として、忠幸の損害賠償請求権をその相続分に応じて二分の一ずつ相続したことは当事者間に争いがないから、原告両名はそれぞれ右1の損害金合計五、八三〇、〇〇〇円の二分の一、すなわち二、九一五、〇〇〇円の請求権を承継したこととなる。

3  慰藉料

原告小島竹子本人尋問の結果によれば、同原告および原告忠司が男二人の子供のうちの二男を不慮の事故で失なったことにより甚大な精神的苦痛を受けたことが認められるが、他方、本件事故は、自動車運転者がその不注意によって被害者を死に到らしめたという交通事故の場合等とはいささか趣を異にし、たまたま建物の屋根の上から氷盤が落下した際に誠に不運にもその落下地点に被害者が居合わせたため死亡という重大な結果が発生したというものであって、ある意味では一種の天災にも比すべき態様の事故とも言うことができ、被告の方にもさほど重大な過失があったとは認められないこと等諸般の事情を考慮すると、その苦痛を慰藉すべき金額は原告両名につきそれぞれ金一、〇〇〇、〇〇〇円をもって相当とすべきである。

4  弁護士費用

以上のとおり原告両名は各自三、九一五、〇〇〇円を被告に請求しうるものであるところ、≪証拠省略≫によれば、被告が任意の弁済に応じないため、原告両名は本件訴訟の提起と追行を弁護士たる本件原告両名訴訟代理人に委任し、手数料および報酬として各自が金五〇〇、〇〇〇円を支払うべき債務を負うに至ったことが認められるが、本件事案の難易、前記請求認容額等本訴にあらわれた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告に負担させるべき弁護士費用としては原告両名についてそれぞれうち四〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。

六  結論

よって、原告両名の被告に対する本訴請求のうち、原告両名がそれぞれ被告に対し四、三一五、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年四月一〇日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 涌井紀夫)

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